前回に引き続き、坂崎さんのストーリーです。

THE ALFEEの“幸ちゃん”こと坂崎幸之助さん。
皆さんには人生を変えるような出会いの経験はありますか?
坂崎さんが人生を大きく変える出会いを経験したのは高校〜大学時代。
のちに“誰もが知る3人組”となる桜井賢さん、そして高見沢俊彦さんと出会いました。
この記事では、坂崎さんが桜井さん・高見沢さんと出会い、THE ALFEEの原型がゆるやかに形成されていく過程をたどります。
音楽が引き寄せた、まるで運命のようなアルフィー青春の記録をどうぞ。
前回に引き続き、参考にした本はこちら!
『坂崎幸之助のJ-POPスクール』
坂崎 幸之助 (著)
岩波アクティブ新書
桜井賢との出会い、それは高3の4月だった

今回はちょっとドラマチックに、小説風にお送りしましょうかね
坂崎幸之助さんと桜井賢さんの出会いは、高校3年にさかのぼる。舞台は、山野楽器が主催する音楽コンテストの会場だった。
坂崎さんは当時、1人で参加。一方の桜井さんは、「コンフィデンス」というグループのボーカルとしてステージに立っていた。
そのとき、坂崎さんは初めて桜井さんの歌声を耳にする。強く印象に残る声だった。
「あいつとハモったらもっともっと、すごいことができそうだ」なんて心のどこかでは感じていたのかもしれない
『坂崎幸之助のJ-POPスクール』より引用
声をかけたわけではない。でも、何かを感じていた
桜井さんには既にグループがあったから、実際に「一緒に組もう」と声をかけることはなかった。しかし、坂崎さんの中では、桜井さんに対する明確な“何か”が芽生えていたのは間違いない。
1人より誰かと一緒にやりたいと考え始めていた坂崎さん。この後、桜井さんではなく、同じコンテストに参加していた別の2人に声をかけ「へそ下三寸」というグループを結成する。
相変わらずのコミュ力おばけである。
受験の時期がやってくる
しかし、まもなく大学受験の時期がやってきて、坂崎さんのグループは解散してしまう。
もともと坂崎さんも「受験生になる前に最後の甲子園のつもりで」ということで、春のコンテストに参加したのだ。坂崎さん本人も大学進学を考えなければいけない時期だった。
グループにもぐり込んで「それからずっといる」
本格的に受験勉強を始めなければならなかったが、ある日、坂崎さんは塾に行く前にふらっと楽器店に寄り道。そこで偶然、あの「コンフィデンス」のメンバーに会う。
翌日にまたコンテストに出るから、これからコンフィデンスで集まって練習するのだという。
坂崎さんは塾の講習を申し込みに行く途中だったが、塾はやめて、その友人についていく。一緒に向かった部屋には当然コンフィデンスのメンバーの桜井さんもいた。
「終電なくなるのにこいつ(坂崎)なかなか帰らないなあと思ったら、『おれも明日一緒に出るよ』って言うんだよ。それからずーっといるの。」と、今の桜井さんは語る。
なかなか帰らずにもう50年(笑)
これが私が大好きなTHE ALFEEのエピソード、「それからずっといる」である。
高校生でさらっとデビュー!?
そのコンテストに坂崎さんはコンフィデンスとして一緒に出場する。結果は3位だった。しかし、審査員の目にとまり、CDを出すことになる。
なんと、坂崎さんと桜井さんは高校生の時に1度CDデビューしているのである。
しかも坂崎さんは前日にもぐり込んだグループで。
「桜井が行くなら、そこにしよう」で決めた進路
ついに進学先を決めるタイミングがやってくる。坂崎さんには、特に強い志望校はなかった。どこでもよかったのだ。
「桜井が行くなら、俺もそこにしよう」と、明治学院大学を受験することを決めた。
(桜井さんを追って進路まで決めちゃった幸ちゃん。私はこのエピソードも大好き。)
だがここで、思わぬアクシデントが発生する。なんと坂崎さん、受験日を1日間違えてしまったのだ。
ファンにはおなじみ“受験日間違い事件”
このエピソードは、今ではアルフィーファンの中でも定番の笑い話となっている。
試験会場に1日遅く行った坂崎さんは試験を受けられないまま。さらにはそれを言えないまま、桜井さんに「合格発表を見てきて」とお願いする。しかし、当然ながら受けていなければ合格しているわけもない。
桜井さんは合格者の一覧に坂崎さんの名前がないのを確認し、どう伝えようか大変に悩んだという。(結局 受けていなかったことを知るのはもう少しあとのことである)
結果的には、坂崎さんはまだ募集をしていた別の学部に滑り込み、無事に明治学院大学への進学が決定する。
桜井さんと同じ大学で再スタートを切れることになった。
↓こっちは坂崎さんと高見沢さんが語る「はじめての桜井さん」
では、ページを変えて。次ページからは高見沢さんとの出会い編を続けてお送りします。
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